男女七人夢物語


「私は井上くんの趣味知ってるけど、井上くんは知らないよね」


慌てて言い募る木下さん。だけど、当の僕は木下さん読んだ本の題名のほとんどは言えるつもりだ。


もうそんなこと暴露する気は失せたが、これはチャンスである。僕の長きに渡るアピールが、やっと木下さんに伝わったのだから。


僕は興奮を抑えながら、


「木下さんも、こういうのを…?」

と、すっとぼけて見せる。


「うん。これも何ヵ月か前に読んだよ」

「そうなんだ。タイトルが面白そうだから手に取ったんだけど、どんな話なの?」

「ネタバレになっちゃうよ」

「それはダメだ。けど、感想を聞きたい」

「えー、難しいな」

何も知らない木下さんはネタバレにならないように、丁寧に感想を述べていった。

彼女から向けられる遠慮がちな笑顔が、何よりも嬉しかった。


「へー、ますます読むのが楽しみになったよ」

「うん。良かったら、読んだ感想教えて」

「もちろん」


同じジャンルの本好きに会えたのが余程嬉しかったのか、木下さんは普段からは考えられないほど瞳を輝かせている。


「それと、他におすすめの本も」

「僕の?」

「うん」

それは、難しい。


僕が個人的趣味で読むのは木下さんがあまり読まないような音楽系の本で、きっと木下さんは音楽家の半生を描いたもののなんて興味はないだろう。


そうすると、タイトルで適当に選んだものから紹介することになるが、僕の心にヒットしたものといえば、木下さんが好みそうな一節とか、そんな感じだ。


何か、趣味のいいものを探しておこう。そう心に決めて、


「そうだね。何か面白いものを見つけたら、木下さんに一番に教えるよ」


と、木下さんに僕は微笑んだ。


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