男女七人夢物語
「そう?いつも笑顔のときっちゃんに言われると嬉しいな」
「んー」
完璧な笑顔のときっちゃんは、僕を少し眩しそうに見つめ返した。
「やっぱり、私は井上くんの笑いの方が自分のより好きだわ」
そんなことはない。笑い方の好みは人それぞれである。しかし、それを口にするのはなんだか話の雲行きが怪しくなる。女子の可愛い可愛くないを繰り返す無駄な会話になりそうじゃないか。
木下さん相手ならそういうくすぐったいやり取りを一度はやってみたい気もしたが、
「ありがとう」
生憎、相手が違うので素直に受け取って話を終わらせた。
が、まだときっちゃんは僕に構いたいようで、
「ねえ、家まで送ってあげようか」
などと仰る。
「いやー、前から井上くんと話してみたかったんだよねー」
その台詞ににこやかに笑う僕は、ときっちゃんの言葉の裏にあるその好奇心が嫌いだ。
被害者妄想かもしれないが、ピアノが弾けなくなった時、そういう好奇の目は嫌なほど分かってるつもりだ。放っておいて欲しい。切実にそう思う。
「あっ、家ここから遠い?」
「うん。だから、送らなくていいよ」
このまま一緒に歩いていたら、きっと今の素晴らしい気分も半減してしまうだろう。
「そっか…じゃあ、この辺で」
「ん。また明日」
僕はそう手を振ったけど、ときっちゃんはまた何か言いたそうな目をしている。
だけど、僕は不親切だからときっちゃんにどうしたのかなんて訊かない。
僕は躊躇いもなく背を向ける。歩き出した歩調がさっきよりも軽かった。