お気の毒さま、今日から君は俺の妻

 まるで夢の中にいるみたいに、澄花は自分の意志で指一つ動かすことが出来なかった。


「――」


 もう一度額にキスが落とされ、そして左耳に指が触れる。パールの丸みを確かめるようにして指が動き、それからピアスが外された。

 ベッドのスプリングがきしむ音がして、龍一郎が離れる気配がする。
 ドレッサーの上に置きっぱなしのジュエリーボックスの蓋を開ける音が聞こえた。

 確かにつけっぱなしでは寝づらいだろう。きっと龍一郎は気を使ってくれたのだ。

 だがその瞬間、澄花の胸がすうっと冷たい風が吹き抜ける。


(待って……待って)


 彼を止めようと思うが、動かない。


「……っ」


 蓋を開けて、龍一郎が息を飲む気配がした。


(ああ……)


 澄花の心は、ずるずると足を引っ張られて泥沼に沈んでいく。

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