お気の毒さま、今日から君は俺の妻
きちんとした仕立てのよいスーツ姿の彼は、頭を下げてもなお大きい。自分の隣に立っている珠美が小さいので、まるで岩のように見える。
「クマがしゃべったぁ!」
「いやだからタマちゃん、彼は……クマじゃないでしょ」
ふざけているのは承知だが、珠美だって彼には見覚えがあるはずだ。
「ほら、あの真琴くんのケーキ観に行ったホテルで」
「あ」
澄花の言葉に、珠美がハッと目を丸くし、びしっと指をさした。
「先輩にお酒かけたクマだっ!」
その現場を珠美は見ていないのだが、澄花がその話をしたときに『そういえばそんな人が会場にいましたね』と話していたのだ。本人を目の前にして、思いだせたらしい。
「はいっ! 俺、杉江莞爾(すぎえかんじ)といいます! KATSURAGIの営業部で働いていますっ!」
「思いだした、思いだしましたよ! 杉江さんっていうんですね~」
珠美はフンフンとうなずきながら、スーツのポケットからハンカチを取りだし、額の汗をぬぐう杉江を見上げる。
彼はひとつき前より少し髪が伸びてはいたが、相変わらず背が高く、大きく、そして森のくまさんのように優しそうでもあった。