お気の毒さま、今日から君は俺の妻

 ぎゅうぎゅうと右腕でしがみついて、ベストの上に顔を押し付ける。


「澄花……」


 龍一郎は困ったように名を呼び、それからおそるおそる澄花の背中に腕を回した。そして愛おしげに、澄花の髪を撫でて、ため息をつく。


「困ったな……君はどうしてそんなに……」
「そんなに、なんですか……しつこいって言いたいんですか?」


 だったら申し訳ないが、自分はもともとこういう人間なのだ。期待外れだったと今さら思われても、すぐには変えられない。


「いや、違う。可愛いって言いたいんだ……ああ、困る……俺は今、心底困ってるよ……どうして君が、俺を突き飛ばしてなじらないのか、わからない……」


 龍一郎の切なげな感情を秘めた指先が、そのまま音楽でも奏でるかのように、澄花の髪を梳いていく。

 その仕草は思いやりと愛情に満ちていて、やはり自分はこの男に大事にされていると嬉しくなる半面、自分の気持ちは毛ほども伝わっておらず、このまま離れたら、二度と会えないのではないかという、不安がこみあげてくるのだった。

 悲しかった。
 こんな状況でも、龍一郎は澄花を熱烈に愛していると口にするのに、なぜ澄花にはなにも求めないのだろう。


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