お気の毒さま、今日から君は俺の妻
だが実際は拭けばすむ程度ではない。すぐにシャワーでも浴びないと、すでにベタベタして気持ち悪いくらいだ。だが会場内は人でごったがえしている。こういうこともあるだろう。
澄花はとにかく物事にあまり執着しないたちなので、諦めるのも早い。
仕方ないと、ため息をひとつつくだけだ。
「失礼します」
断ってそのまま離れようとしたのだが、
「ちょっと待ってください、俺が拭きます!」
と、男がスーツのポケットからハンカチを取り出して、手を伸ばしてきた。
「いえ、あの、大丈夫ですから……」
さすがに見ず知らずの男に体を拭かれるのは抵抗がある。
澄花は首を強く振ったが、男はそれでも慌てたように近づいてきた。
「いやいやでも俺が悪いんでっ……! ほんとすみませんっ!」
男は顔を真っ赤にして、平身低頭しながら間合いをつめてくる。
彼はさっぱりとした黒髪の青年だった。年は二十代半ばくらいだろうか。かなり体格がいい。身長は190以上ありそうだし、体重は百キロ級だろう。どこからどう見ても、アメフトか、柔道でもしていそうな雰囲気だ。学生時代のあだ名は“クマ”に違いない。