お気の毒さま、今日から君は俺の妻
そう思ったが、そんなことを口に出せるはずもない。
澄花は龍一郎の豹変ぶりをいぶかしながらも、顔を隠すように、毛布を引っ張り上げる。
「――では」
それからすぐに電話を切った龍一郎は、とたんにまた無表情になった。
なにを考えているのか、じっと、無表情でたった今切ったばかりのスマホの画面を見下ろしている。
(やっぱりこっちが素なんだわ……)
驚いたが、あくまでもビジネス向けに、ああいった笑顔を作っているのだろう。
なぜ自分の名前を知られていたのかはわからないが、彼にとって澄花はビジネスの相手ではない。通りすがりの人間だ。だから取り繕うつもりもないのだろうと、澄花は自分に言い聞かせる。
「――はぁ」
それから頭上からかすかに息を漏らす声が聞こえた。龍一郎だ。
ため息をついたようだが、そのくらい電話の相手は、彼にとって神経を削られる相手なのかもしれない。
(お疲れ様です……)
よくわからないながらも思わず心の中でそう呟いてしまった澄花だが、一方、龍一郎は、澄花を残したまま無言でくるりときびすを返し、部屋を出て行ってしまった。
バタンと部屋のドアが閉まって、澄花は目を丸くする。
「え……嘘……?」
なんと澄花は、豪華なホテルの部屋にひとり取り残されてしまったのだった。