お気の毒さま、今日から君は俺の妻

「ーー」


 バスを降りて、澄花はしばらくの間立ち尽くす。
 ほんの十メートルほど歩いた先の横断歩道を渡った先が、澄花の住むマンションなのだが、その数十メートルが今は澄花にはおそろしく遠く感じた。


(おじさんもおばさんも、責任感が強い人だから……自分を犠牲にしても、従業員の生活を守る……)


 澄花には経営のことなどわからない。

 だが経営者の家や土地が抵当に入っていないわけがない。ということは、手放すことになるのだ。そうなれば家は壊され、更地にされて、売りに出されるに違いない。
 そして俊樹も尚美も、あの場所を離れることを余儀なくされる。
 融資がうまくまわらなければ、近いうちにそうなるのだ。


(そんなの……いや……!)


 澄花は悲鳴をあげたくなるのをグッとこらえて、また唇に歯を立てる。


(おじさん、おばさん……一緒に生活した、ハルちゃんの思い出が消えてしまう、私が覚えていることは、あの場所、あの空気、あの季節なのに、全部、全部、なくなってしまうなんて耐えられない!)

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