お気の毒さま、今日から君は俺の妻
澄花は吐き気を飲み込みながら、朦朧とする頭で、ゆらゆらと歩き始めた。
澄花にとって春樹との思い出がすべてだった。
彼と過ごした場所、彼と過ごした時間、季節。それらはしっかりと結びついていて、ほんのささいなきっかけさえあれば、自然に思いだすことが出来た。
自分が覚えてさえいれば、春樹は澄花にとって永遠に生きているのと同じ。
“春樹はいつも自分のそばにいる”
そう信じているからこそ、澄花はこの世に生きていけたのだ。
なのに今、その大前提が崩れ去ろうとしている。彼との思い出の場所が消え――それけではない。彼を生み育てた両親が、まさに苦境に立たされているのだ。
(おじさん、おばさん……助けたいのに……)
頭の中には、自分の貯金を差し出すことも浮かんだが、たった数年働いているだけの澄花の貯金など、銀行の融資の前では吹けば飛ぶようなものだろう。
「……どうしたら」
横断歩道の真ん中で、全身から力が抜け、足がもつれる。転ぶとわかっていたが、体が動かなかった。