お気の毒さま、今日から君は俺の妻

「適当にそのあたりを流してくれ」


 龍一郎は澄花の不満の声を軽く聞き流して、白いシャツと黒いスーツを着た運転手に静かに告げる。


「かしこまりました」


 忠実そうな年配の運転手は小さく頭を下げ、まっすぐに前を向いた。
 それからどういう仕組みになっているのか、澄花の目の前で、運転席と後部座席の間が濃いグレーに色を変える。


「これ、なんですか?」


 驚いて顔を近づける澄花に、龍一郎が説明した。


「間にガラス板があって、スイッチ一つで視界だけでなく声も遮断される。この車は商談用にも使っているから、こういう機能がついている」
「あ……そう、なんですか」


 まるで映画のようだと思いながらも、澄花は余計緊張してしまった。


(別に私と商談したいってわけじゃないでしょうに……)


 走り出した車はすいすいとスピードを上げ始める。あっという間に、我が家が遠ざかってしまった。


(本当、信じられないわ……)


< 61 / 323 >

この作品をシェア

pagetop