お見合い愛執婚~俺様御曹司に甘くとらわれました~
「なにす……」
「まだ見てるぞ」
前を向いたまま、ぽつりと呟かれる。
思わず振り向きそうになるのをぐっと堪えた。
そのまま智哉に手を引かれて歩く。
振り向いて確かめたいけど、意識するとビシビシと後頭部に視線が刺さっている気がしてその勇気も出ない。
「お前、あれ元カレだろ」
智哉にすばり言い当てられて瞠目するとため息が返ってきた。
「顔みりゃわかるわ。まぁお前より元カレのあの死にそうな顔のほうがやばかったけどな」
確かにありさが私に声をかけてからの達彦の青ざめた顔と言ったらこちらが同情するくらいだ。
元カノと婚約者が目の前で対峙したらそうなる気持ちもわかる。
「しかし、趣味悪いな」
「ほっといてよ」
「いや男のほうだよ。あんな女、俺は無理だね。あの声、耳が痛くなるわ」
うんざりした顔で前だけを見て歩く智哉。
きっと後ろから見たら仲睦まじく手を繋いで歩いているようにしか見えないだろう。
「総じて、その女を選んだ男と付き合ってたお前も趣味悪いってことになるけど」
「結局私のことも言ってるじゃない」
まぁ、そうなんだけどさ。
他人から言われるとどうにも不服で智哉を見上げると、優しげな笑顔がこちらを見下ろしていた。
そっか。
そこでようやく智哉が自分を気遣ってわざと悪態づいていると理解した。
元カレとその恋人に絡まれていたら、何か事情があるに決まっている。
私の心に立った波が少しでも静まるように気を紛らわせてくれている。
それだけで荒んだ心がすっと凪いだ気がした。
もともと智哉が機転を利かしてありさを回避してくれなかったら、今頃私はふさがりかけていた傷をまた抉られていたはずだ。
「ありがとう。助けてくれて」
少し前傾姿勢で顔を覗き込む。
智哉は珍しくぶすっとして視線を私から逸らした。
それが照れているということを少し赤みが差した頬が証明していた。