お見合い愛執婚~俺様御曹司に甘くとらわれました~
「楽しくなるといいですねぇ」
「えっ、そ、そうね」
優菜の声に現実に引き戻されてスマホを慌てて鞄に入れる。
その様に優菜はコーヒーのマグカップを手で包み込みながらニヤリと笑んだ。
「今の先輩、恋する乙女な顔ですごい可愛いですよ」
「な、何言って……」
「楽しそうですね」
突如割ってはいってきた気位の高そうな声。
達彦の前ではそれが甘ったるく変化するのだから彼女は七色の声を持っているのかもしれない。
見上げるとありさが手に絵コンテを持っていた。
ちらっと見えたのは私が受け持つはずだったリップのデザイン画。
銀のケースにハートの模様が散りばめられた愛らしいリップだ。
『恋が叶う』がコンセプトだったからとても愛らしいものになっている。
私も色々と考えて試行錯誤していたなという懐かしさと同時に私ではここまで愛らしくできなかっただろうと思う。
「いいデザインね。可愛くて」
本音を言うとありさは眉をピクリと上げて顔を顰めた。
私から思いっきり顔を背けて自分のデスクにヒールを高く鳴らしながら歩いていく。
「うわー、機嫌わる」
「まぁ、デザイン中はそんなものよ。優菜にもそろそろ一人立ちする仕事来ると思うよ。うちに余力はないから」
「ですよねぇ。私ヒョウ柄とかアニマル系は得意なんですけど。キラキラ系が何ともありきたりになっちゃって」
優菜はうーんと唸りながらも自分のデッサン画用のノートをペラペラ捲っていく。
彼女なりに自分で考えて成長しようとしている。後輩が育っていくのを目の当たりにするのは嬉しい。
離職率が高い職業だと思う。
労働環境とか給料とか、才能の限界を感じてとか……。辞める理由はたくさんある。
結婚もそのひとつだと思う。
私がもし結婚するなら……。
智哉と結婚する場合は会社を辞めないといけないだろう。
忙しい彼を支えるべく家に入ってほしいから見合いという手段を使っていると思う。
私はこの仕事に誇りがある。
生み出したデザインは自分の子供みたいなものだ。それが商品として店頭に並んで、買われて……。
もうそろそろひと月経つ。智哉と賭けをした期限だ。
「はぁ、難しい」
「え?何がですか」
「ううん、何でもない」
優菜に首を振った。
その時、ちょうど昼休みが終わって、私は気分を切り替えてパソコンの電源を入れた。