お見合い愛執婚~俺様御曹司に甘くとらわれました~
「馬鹿言いなさい。こちらからお断りするなんて向こうの顔が立たないでしょ?幸い、向こうはあなたにもう一度会いたいっておっしゃってくれてるんだし」
あの時間のどこでそう感じたんだ……。
後半、二人っきりにされたが、正直私の態度は褒められたものではなかったはずだ。
質問にも端的にしか答えず、笑顔も浮かべずいつもの不愛想顔。
社会人としてはどうかと思うけど、家柄的にこちらから断りづらいのはわかっていたから、向こうから断っていただくのが一番角が立たない方法だと思った。
彼ほどの容姿ならすぐにまた新たな見合いが舞い込んでくるはずだし、その時には私のことなど忘却の彼方だろう。
それなのに、どうしてこんな展開になっているのかがわからない。
「とにかく、連絡先向こうに教えたからまた電話なりメールなり来ると思うわ。くれぐれも失礼のないようにね!」
「あ、ちょっと!」
母親が一方的に言い放って電話を切った。
私の性格上、話していても了承しないとわかっているから勝手に話を進める気なのだろう。
何気に私の母を二十六年間しているだけあって、全てお見通しだ。
こんなことならちゃんと私から電話でもなんでもすればよかった。
後悔に見舞われながら厄介なことになりそうだと頭を抱えて会社の中に入ろうとしたら、自動ドアが開いて出てきた人間と肩がぶつかった。
「あ、すみませ……」
言い終わる前に声が喉で詰まった。
見上げた顔は慣れ親しんだ、今では最も苦手な人物だった。
むこうも私を見て一瞬気まずい顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「こっちこそ悪い。大丈夫?」
私は答えず軽く会釈すると通り過ぎた。
真っすぐに歩いてちょうど来ていたエレベーターに乗り込む。
扉が閉まって誰もいない籠の中でようやく止めていた息を大きく吐いた。
谷達彦(たに たつひこ)。
私の元カレで同じ会社の広報部に所属している。
半年ほど前に別れた。
彼はそれからすぐ社長の娘と付き合って、先月婚約した。私は捨てられた側だった。
ずんと食後で満たされた胃に別の重みが加わる。
消化不良を起こしたみたいに気持ち悪くなってお腹を押さえた。