今宵、エリート将校とかりそめの契りを
優しいひと
その日、軍部の宴に列席した総士の帰宅は遅かった。
琴は就寝支度を終えて総士の寝室に入った。
彼の帰りを待つべきか、それとも先に休ませてもらって良いか迷い、続き間のソファにちょこんと腰を下ろす。


妻としては、軍で働く主人の帰りを待ち、迎えるものだとわかっているが、なにせ遅い。
壁にかかった時計を見ると、後三十分もしたら日付が変わってしまう時間だった。


琴も疲れていた。
なにもすることがなく、ただこうして待っていると、ついふっと気が遠くなってしまう。
久しぶりに佐和子や正一と会い、話せたのは嬉しかったが、その内容は琴の心を混乱させるものだった。


正一が、先の世界戦争での総士の指示誤りを、軍部に告発すると言った――。


もしも正一が言う兄の戦死の詳細が真実ならば、総士はどうなるのだろう。
減俸、降格処分、陸軍除籍?
考えられる懲罰を思い浮かべ、琴はそのすべてに竦み上がって首を横に振った。
そして、気付く。


(私は、総士さんの失脚を望んでいない)


その上、やはり今になっても、正一の情報への信用が揺らいでいることを自覚する。
最初に兄の戦死の詳細を聞いた時、琴はその一語一句、これっぽっちも疑わなかった。
しかし今日は、正一に疑問を呈し、反論した。
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