今宵、エリート将校とかりそめの契りを
総士はベッドの横まで歩いてきて、黙ったまま琴を見下ろした。
なにかを言いあぐね、逡巡している様子だったから、琴は不安を和らげることができないまま、顎を上げて彼を見つめた。


「琴。……起きたのなら、聞きたいことがある」


軍人らしく背筋を伸ばし直立した姿勢で、総士は顎を引き顔を伏せて切り出した。
その声がやや強張って聞こえて、琴は無意識にゴクリと唾をのんだ。


「はい……。なにか?」

「今日、呉服商が来た時、お前が会っていたという男は誰だ?」

「っ……!」


総士から漂うどこか不穏な空気に警戒心を強めたものの、率直すぎる質問に、琴はギクリとして頬の筋肉を引き攣らせてしまった。


「わ、私が……?」

「誤魔化そうとしても無駄だ。女中頭から忠臣が報告を受けている。俺もたった今聞いたところだ」


彼が言う『男』が誰を指しているか、もちろん琴もわかっている。
しかし、ここで正一の名を出せるわけがない。


門越しに話しているのを見られて報告されただけか、それとも会話の内容まで聞かれてしまったか……。
その判断ができず、琴は返事に窮した。


「なぜ返事をしない。主人の留守に、お前がコソコソと逢引していた男は、誰だと聞いている」


黙る琴を追い詰める総士の声が、さらに険しく尖ったものになる。
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