今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「逢引なんて。そんな……」


そう思っているのなら、総士の誤解だ。
彼がそう捉えているのならば、恐ろしい謀議は聞かれていない。


それだけはなんとしても隠し通さねばと焦りながら、琴は声を消え入らせた。
しかし。


「お前が上木呉服商を指名したのも、それが目的か?」

「……え?」


思いがけない質問を重ねられ、琴はギクッとしながら瞬きを繰り返した。


「友人を介して、恋仲の男を呼びつけたのか? 女の友人の名を出せば、俺を出し抜けるとでも?」

「そんな。恋仲なんて、そんなんじゃ……!」


正一の正体を総士に隠そうと必死で、琴は思わずムキになって言い返した。
ところが、そんな態度が、総士の怒りに油を注ぐ結果となる。


「ふざけるな!!」


顔を伏せ、少し伸びた前髪を揺らすようにして、総士は激しい怒声を放った。
彼の声が寝室の空気を振動させ、まるでビリビリと窓ガラスが鳴くような音を立てる。
琴は身を震わせ、自分を守るようにして両肘を抱え込んだ。


「愛する必要も愛される必要もないと言ったな。それは、あの男への操立てか?」

「総士さ……」

「俺がなにをどうしても、お前の心は開かない……端から無駄だということはよくわかった。だが、俺の妻になると決めたのはお前自身だ!」


吐き捨てるように叫ぶ総士に圧倒されて、琴は恐れ戦き、喉をヒクリと鳴らす。
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