今宵、エリート将校とかりそめの契りを
(正一さんは、私の身近な人の中で、一番総士さんに敵意を向ける人……。昨夜総士さんを襲ったのが正一さんじゃないと確信できなきゃ、とても言えない)


怪我を負った総士の看病をしようと付き添う為に、自ら妻だと言い放ちはしたが、正一の企みを伝えられるかと問われれば、それはまた別の問題だ。


正一の告白にも曖昧な反応を見せたままだ。
そんな状態で、総士にすべてを話すのは、正一への残酷な裏切りになる。
しかし。


(総士さんは優しい人だもの。私はこの人を信じたいと思う。だから総士さんにも信じてほしい……)


自分から顔を背けて呼吸を憚る総士に、琴は儚い願いを抱く。
切ない想いに胸をきゅんと疼かせた時、琴の耳に総士の吐息が漏れる音が届いた。


「っ、総士……さん?」


こんな事態でも、二人の夜は相変わらず探り合いの根比べだ。


琴は椅子から腰を浮かせて、そおっとベッドに身を乗り出し、そっぽを向いたままの総士の顔を覗き込んだ。
そして、彼がやっと眠りに落ちたことに気付く。


わずかに開いた唇から漏れる寝息を確認して、琴は思わず苦笑いをした。


「頑固なのは、私だけじゃないわ」


総士が起きていたら、確実に機嫌を損ねるであろう言葉を、琴は皮肉交じりに口にした。
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