今宵、エリート将校とかりそめの契りを
女中が天井に目を遣りながら、総士の名を告げる。
それにドキッとして、琴は思わず胸に手を当てた。


「本日は報告だけでお戻りになるそうです。夕方には戻るから、夕食を一緒にと」

「ほ、ほんと!?」


突然明るく弾んだ声で聞き返した琴に、女中はギョッとしたように何度も瞬きをした。
それを見て、琴は慌てて目を泳がせる。


「あ、いえ、ごめんなさい。……それなら、怪我の痛みも和らいだかな、と」


食事を一緒にと誘われたくらいで、はしゃいでしまった自分に動揺しながら、琴はそう言い繕った。
女中はフフッと目を細めて笑う。


「ただいま、奥様のお召し物も準備しますね」

「ありがとう」


桶を手に出て行く女中を見送って、琴は思わず両手を頬に当てた。


「うわ、熱……」


自分でも驚くほど心が浮き立ち、頬が火照っているのを実感する。
片手を離し、自分に風を送るようにヒラヒラ振りながら、琴は勢いよくドスッとソファに腰を下ろした。


(総士さんが軍部から戻ってきたら、ちゃんと正一さんとの誤解を解いて、それで……)


今度こそ、向き合って話をしよう。


いきなり全部でなくてもいい。
少しずつ話して、お互いのことを知っていけば、歩み寄れる。
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