今宵、エリート将校とかりそめの契りを
参謀本部の資料室でその事実を知った後、総士は再び陸軍省に戻り、上木正一と同じ部隊だった曹長を呼び出した。
緊張した面持ちで敬礼した曹長に、総士は偵察に出た当時のことを聴取した。
彼の答弁は、参謀本部で見た正式資料と、寸分の狂いもなかった。


しかし、総士はさらに質問を畳みかけた。


『部隊が壊滅された後、偵察を務めた部隊の中に、出奔して敵兵に投降した兵士が一人いたそうだな。もちろん知っているな?』


それも、総士が参謀本部の資料を見て初めて知った事実だった。
鋭く射貫くような総士の茶色い瞳に晒されて、曹長は躊躇いながらも、たどたどしい口調で答えた。


「曹長が言うには、出奔したのは田舎の農村から出て来た志願兵だそうだ。故郷では家族と婚約者が待っていて、彼は武勲を挙げて帰るのを楽しみにしていたと」


総士はその志願兵と面識はないが、彼が指揮した部隊にも、士気の高い地方出身兵士が多くいた。


「だからこそ、家族も婚約者も捨てて出奔したのはなぜか……俺の疑問に曹長は、喉から手が出るほど欲しかった情報を教えてくれたよ」


言葉だけならほくそ笑んでいそうなものだが、忠臣が見遣る総士は一層眉間の皺を深めていた。
どこか苦し気に、顔を歪めている。
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