今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「総士様。上木本人への聴取は?」

「怪我を理由に、軍部を離れていると言われた。恐らく……昨夜俺が振り払った際、負傷したのだろう」


忠臣は黙って口元に手を当て、逡巡するように目を伏せた。
それを横目に、総士は窓の外に目を遣る。


曹長から聞き出した戦場での真実。
誰も真相を突き止めようとしなかったことを、総士は責める気にはなれなかった。


(同じ兵食を口にした兵士だ。気持ちはわかる。表向きはお国の為……と士気を高めていても、本当に大事なのは家族。親友。愛する人……)


皆、故郷で自分を待っている人の姿を心に思い描き、少しでも武勲を挙げて、無事な姿で帰ろうと敵兵に向かっていく。
生きるか死ぬかは、神頼みの運でしかない。
今まで、帰ることを強く願わず過ごせた自分は、幸運だったのだろう。


総士の心には、顔も知らぬ志願兵の姿が浮かんでいた。
敵に投降した後、彼はどうなったのだろうか。
もう二年前の戦地だ。
捕虜として敵軍に捕らえられているのか、それとも……無事故郷に帰り着いたか?
どちらにしても、彼の出奔を知った家族や婚約者は、どれだけ心を痛めているのだろう……。


「総士様」


いつの間にか目を閉じていた総士に、忠臣が遠慮がちに呼びかけた。
静かだが、どこか強張った彼の声色に、総士もゆっくり目を開ける。
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