今宵、エリート将校とかりそめの契りを
木の下で、胸の前で腕組みをしている総士の姿が視界に映った。


能面のような無表情。
氷のように冷たい瞳で、木の上の琴を見上げている。


「これはこれは……名取の敷地に随分と可愛らしい猿が忍び込みましたな」


抜け出してきた客間の窓辺には、先ほど陸軍本部まで総士を迎えに来た忠臣が立っていた。
顎を摩りながら目を細め、琴を揶揄するようにしげしげと呟く。


「ここから飛び降りようとして怖気づいた……そんなところでしたか?」


頭上からの質問に、琴は首を縮めながらも、警戒心を込めた目を向ける。
そんな彼女に、忠臣はニッコリと笑いかけた。


それでも琴は返事をしない。
ただキュッと唇を引き結び、木の下の総士と窓辺の忠臣の二人に、交互に視線を向けた。


「それで? いつまで木にしがみついているつもりだ?」


木の下から、どこか不機嫌な声が畳みかけてくる。


「早く降りてこい。この屋敷内で自害などさせない」

「じ、自害……?」


琴は総士の言葉を自分の声で反芻した。
そして、ようやく忠臣の言葉の意味に合点する。


(この人たち、私がこの窓から飛び降りて死のうとしたと思ってるんだ……)


総士がそう思うのも無理はない。
実際、琴自身、最後は家族の後を追う覚悟を持って、彼に刃を向けたのだ。
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