今宵、エリート将校とかりそめの契りを
しかし、総士を殺して家族の仇を討つという大願成就を果たせず捕らわれてしまった今、琴はここで死ぬわけにはいかない。
だからこそ、彼女はただ逃げ出そうとしただけだ。


そして、それを忠臣に見抜かれた。


「おや。自害なさるつもりはなかったようですね。もしや……総士様に掠り傷一つ負わせることができずに死ぬのは無念で、懲りずに次の機会を待って鋭気を養おうと……そうお考えですか」

「っ……」

「どうやら、図星のようですね」


ふむ、というように眼鏡のつるを持ち上げ、忠臣は眼下の総士を見遣る。


「総士様、ここはしっかりと断罪しておく必要がありそうです」


階上の窓から声を張る忠臣に、総士はピクリと眉尻を上げた。


「死罪が忍びないというのであれば、名取家の息のかかった遊郭にでも売り飛ばしますか。どうしても生かすと言うなら、せめてそのくらいの屈辱を与え、次など考えられないようにしなければ。遊郭であれば所在も確認できますし、好都合です」


忠臣は、感情がないのかと思うほど冷酷に淡々とした口調で、総士にそう提言する。


「屈辱、か」


総士はなにか逡巡するかのように口元に手を当て、忠臣の言葉を繰り返した。


琴の方は、『遊郭』という言葉を聞き、ギクリと全身を強張らせた。
枝を掴む手が震え、その途端、窪みに引っかけていた足がズルッと滑る。
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