今宵、エリート将校とかりそめの契りを
しかし、さすがの総士も、家の二階の高さから落ちた琴の勢いを吸収し切れず、地面に倒れ込んでしまった。
今、琴は総士を完全に下敷きにしているのだ。


「お前、俺を殺そうとして刀を翳してきた割に、下敷きにしたことについては素直に謝るんだな」


総士は呆れたような目で、琴を見上げてくる。
その身体の上から飛び退いたつもりが、彼の皮肉な声はまだすぐ近くから聞こえる。
総士が琴をしっかりと受け止めたという証拠に、彼の腕がまだ身体に回っていたからだ。


「っ……!!」


こんなに男性と接近するのは、琴は初めてだった。
陸軍将校一の美男子とも言われる総士の顔を、触れそうなほど間近で見てしまい、琴は激しく動揺した。
しかも、琴にとって総士は、憎んでも憎み切れない仇の男。
命を狙ったはずの彼に、不覚にも助けられてしまい、琴はただただバツが悪い思いで大きく顔を背けた。


琴の身体に巻きついていた総士の腕から、力が緩む。


「どけ。子供だろうが、思いっきり乗っかられては重い」


皮肉たっぷりにそう言われ、琴は大慌てで、総士の上から飛び退いた。
けれど、足に力が入らず、地面にドスッと尻餅をつく。


それを見て、総士は傍に着いた腕で上体を支えながら身体を起こした。
片膝を立てながらゆっくりと立ち上がった時、屋敷の玄関ポーチの方から「総士様!!」と呼ぶ声がした。
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