今宵、エリート将校とかりそめの契りを
愛なき初夜
忠臣に連行されるようにして執務室に入った琴を、総士は椅子に座ったまま、首だけ捻って一瞥した。
組み上げていた長い足を解き、ゆっくりと鷹揚に立ち上がる。


両側の書棚からの圧迫感に足を竦ませていた琴は、忠臣に背を押され、半ばよろけるように重厚な机の前に進み出た。
大きな格子ガラスの窓から射し込む陽を背に浴びた総士の影が、琴の頭上に落ちる。
琴はハッとして、足元に落としていた視線を上げた。


軍の将校が礼装時に羽織るフロッグコートこそ脱いでいるが、総士は未だ軍服姿だ。
机越しでも圧倒的な威圧感がある。
机を回り込んで歩を進めてくる彼から目を離さず、琴はゴクリと唾を飲んだ。
無意識に袴を握りしめた手の平には、ジワッと汗が滲んでいる。


琴の緊張も無理はない。
彼女は今ここで、まさに自分が獲り落とした総士によって、その罪の罰を言い渡されるのだ。
忠臣に散々脅されたせいで、頭の中には『遊郭』という忌まわしい言葉がグルグルととぐろのように巻いている。


本当にそこに売られてしまったら、どんな目に遭うか――。
経験はなくとも、琴も知識として知っているから、全身にゾワッと鳥肌が立つのをどうしても抑えられない。
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