今宵、エリート将校とかりそめの契りを
そんな彼女に、忠臣はふんと鼻を鳴らす。


「腐っても子爵令嬢は子爵令嬢ということか」


それをどういう意味に受け取っていいかわからず、琴はそっと目線を横に流した。
その時、室内から総士が姿を見せた。


「来たか。忠臣、報告の続きは明朝にしてくれ」


そう言いながら忠臣の肩を押し退け、琴の前に歩を進める。


「琴、入れ」


短い命令に心の中で反発しながら、琴はそっと目だけを彼に向けた。


「っ……」


総士の姿を目にした途端、琴の心臓が大きく跳ね上がった。
反射的に、女中頭の背中に隠れてしまう。


「なにをなさってるんですか、琴様」


総士との間で盾にされた女中頭が、ギョッとしたように肩越しに振り返る。
しかし、琴はギュッと目を閉じ、『いや、いや』と言うようにぶんぶんと首を横に振った。


(無理! 向かい合うなんて、絶対無理!!)


忠臣が、小バカにしたような溜め息をつくのが耳に届く。
それでも、琴は悔しく思う余裕も失い、激しい拒否を示すように首を振っていた。


自分の夜着も恥ずかしい。
しかしそれ以上に、総士の姿を正視できなかった。


彼の方は和服を纏っていた。
簡単な着流しの上から濃紺の羽織という姿。
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