今宵、エリート将校とかりそめの契りを
昼間の軍服姿の印象が強いせいか、サラッと着物を着こなす総士からは、羽を伸ばし寛いだ空気が漂う。
その激しい差異に、琴は戸惑ってしまった。


「まったく……この期に及んで、往生際の悪い」


これ見よがしな深い溜め息と共に、忠臣が琴の腕を掴み上げた。
そのまま強引に女中頭の背から引っ張り出し、総士の目の前に突き出す。


「っ!!」


背をドンと押されてよろけた琴を、総士が反射的に腕で支えた。
図らずして、自ら彼の腕に飛び込むような格好になり、琴は思わず息を止めてしまう。


「では若様、良き初夜となりますように」


女中頭が慇懃無礼にそう言って、深々と頭を下げる。


「首尾よく進みますよう」


忠臣まで嫌に殊勝な様子で、初夜の成功を祈る言葉を総士に向ける。


「ああ」


総士は鷹揚に頷き、琴の肩を抱いて部屋に戻る。
背後でバタンとドアが閉まる音を聞いて、琴は慌てて彼から飛び退くように離れた。


「なんだ?」


わかりやすく逃げられ、総士は不服そうに眉を寄せる。


「しょ、初夜って!!」


琴は激しい焦りで声を引っくり返らせながら、なんとか言い返した。
総士が訝しそうに「ん?」と首を傾げるのを見て、琴は一度深呼吸をした。
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