今宵、エリート将校とかりそめの契りを
総士は琴の手を掴んだまま、振り払わずにただジッと彼女を見上げた。
闇にいくらか目が慣れると、琴の顔が泣きそうに歪んでいるのが見て取れる。


「……なぜ、とどめを刺さない?」


総士がそう問いかけると、琴の目からはらはらと涙が零れ落ちた。


「あなたこそ……」


琴の涙の雫が、総士の頬にポツッと落ちてくる。


「私を憐れんでるの?」


琴が引き攣った声で総士に訊ねかけた。
それには、総士も眉尻を上げる。


「俺に情を求めてるのか?」


総士の言葉に、琴は激しく首を横に振る。


「あなたに憐れまれるなんて、屈辱だわ」

「安心しろ。お前を可哀想だなどと、これっぽっちも思っていない」


畳みかけるように答えた総士に、琴がゴクッと喉を鳴らした。
総士の真意を探るように、涙を湛えた瞳でジッと見つめている。
彼女から殺意が薄れたのを見透かして、総士はふうっと息を吐いた。


「できないなら、手を離せ、琴」


総士の言葉はまるで呪文のように琴に沁み入った。
その手から完全に力が抜け落ちるのを感じて、総士は彼女の手を払い、ベッドに上体を起こす。


好機を逸した琴の手が、総士の首から離れる。
彼女はベッドの上でペタンと座り込み、両手で顔を覆い隠した。
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