今宵、エリート将校とかりそめの契りを
『なぜ、とどめを刺さない……?』


総士が言葉に表した不審は、琴自身が自分に向ける疑問そのものだった。


『刺さない』のではない。
刺せなかった。


それを自覚しているから、今も総士は目の前で無防備に眠っているというのに、身体は動かない。
琴は両腕を総士の首に伸ばすこともできなかった。


(どうして……)


せっかくの好機を前に動けない自分を責めるように、琴は心の中で声を振り絞る。
それに琴自身が応えるように、手の平のキャラメルをギュッと握りしめた。
口に入れれば甘いとわかっているその小さな欠片が、なぜだかほんのり温かく、琴の胸をきゅんとさせる。


情けなくて悔しくて、琴は布団の中に顔を俯かせた。
鼻の奥の方がツンとして、目頭が熱くなってくる。
込み上げてくる嗚咽をのみ込もうとして、くぐもった声が微かに唇から漏れてしまった。


「……ん」


途端に、すぐ頭上で小さな呻き声が聞こえた。
琴の身体は反射的にビクッと震え、呼吸音さえ憚るように息を殺す。


「琴……?」


総士が目を覚ましたようだ。
起き抜けで少し掠れた、気怠そうな声が琴の耳をくすぐり、身体を囲う腕にも力がこもる。
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