今宵、エリート将校とかりそめの契りを
今日の空は曇天なのか、寝室に挿してくる光は弱い。


琴は黙ったまま、総士の背を見つめる。
彼は少し寝乱れた夜着の袷を軽く整えてから、ゆっくり振り返った。
その視線が真っすぐ自分に向くのを待って、琴は一度ゴクリと唾をのんだ。


「琴?」

「……あなたは?」


訝しげに眉を寄せる総士に、琴は短く訊ねかけた。
総士が、「え?」と聞き返してくる。


「その……名取中尉殿は、朝食は……」


呼び方に困りながら目を伏せて呟くと、総士が小さくブブッと吹き出した。


「え?」


琴はギョッとして、恐る恐る顔を上げた。
総士は口元に手を遣り、肩を揺すってクックッと笑っていた。
その楽し気な笑顔に、琴の胸が意味不明にドキンと跳ね上がる。


(ド、ドキンって、なに……)


心臓の反応に戸惑い、琴は自分にツッコみながら、握りしめた拳をグッと胸に押さえつけた。
彼女の様子は気にせず、総士はやはり愉快気に笑い声をあげている。


「いや……すまない。お前は俺の妻だというのに、ずいぶんと他人行儀な呼び方をするものだな、と」

「えっ?」

「『名取中尉殿』じゃ、まるで戦地で部下の報告を聞いてるようだ。俺のことは『総士』と呼べ」
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