今宵、エリート将校とかりそめの契りを
総士は陸軍省に出勤する為、玄関先の車寄せに停まった車に乗り込んだ。
その隣に、忠臣が続く。
車が発進すると、忠臣は総士の横顔を見遣り、フッと口角を緩めた。


「無事、じゃじゃ馬を手なずけたようで」


窓枠に肘を預け、頬杖をついていた総士は、それを聞いて忠臣にチラリと横目を向けた。


「意外と早かったですな」

「なぜそう言い切る?」

「朝食をご一緒されたではないですか」

「……それだけだろう」


総士は一言で言い捨て、窓の外に目を遣った。


「現に昨夜殺されかけたし、肝心なことは聞き出せなかった」


ボソッと呟いた声を、忠臣は聞き逃さなかった。
「は!?」とひっくり返った声が、それほど広くない車内に響く。


「殺されかけた!?」

「ああ。まあ、琴の方がなぜかとどめを刺そうとしなかったおかげで、無傷だがな」

「……?」


忠臣が訝し気に眉を寄せるのを視界の端に映し、総士はふうっと息をつく。


「理由は聞くなよ。俺もわからん」

「知りたいとも思いませんが……総士様。奥方様への警戒を解くには、時期尚早かと」


忠臣は渋い表情を浮かべて、車中だというのに背筋をピンと伸ばした。
それには総士もピクリと眉を動かす。


「素人の、しかも女相手に、そんな簡単に寝首を掻かれるようでは、陸軍中尉として……」

「言われなくてもわかってる。昨夜は俺が油断した。悪かった」
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