今宵、エリート将校とかりそめの契りを
(とりあえず、しばらくの間は、琴を刺激しない方が得策だ)


小さくかぶりを振る総士に、忠臣が窺うように視線を流す。


「……来週、大旦那様がお戻りになります」


忠臣の言葉を聞いて、総士は首だけ捻って彼に顔を向けた。


「お帰りの夜は、奥方様を伴い、大旦那様と奥様とお食事を」


淡々と事務的に畳みかける忠臣に、総士は無言で溜め息をついた。


「めんど……」

「くさいとか仰るのはやめてください。結婚ですぞ。大事なことです」


無意識の独り言をあっさりと遮られ、総士は肩を竦めてそっぽを向いた。


「……忠臣。一応確認しておくが、琴の目的など、余計なことまで報告していないだろうな」


言葉通り、念の為に確認すると、「できるわけないでしょうが」と憤慨したような返事が返ってきた。


「大旦那様も奥様も、総士様のご結婚でもっとも楽しみにされているのは、孫の誕生です。だと言うのに……仲睦まじく乳繰り合っているかと思いきや、まさか寝室で新妻に殺されかけているなどと……秘書の私が報告できるとお思いですか」


忠臣にしては珍しい剣幕に、総士も目を丸くして怯む。


この男は、昔から父への忠誠心が強い。
だからこそ、秘書どころかほとんど片腕並みに重用されているのだ。


「……すまん」


総士もさすがに、殊勝な顔で謝るしかなかった。
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