今宵、エリート将校とかりそめの契りを
名取家家長である総士の父は、数年前まで日本海軍の大佐を務めていた。
軍部を途中退役した後、海軍で得た知識を活かして海運業に乗り出し、今や実業家として成功している。


軍人だった頃と変わらず、今でも世界各国を渡り歩いていて、一年の半分は不在だ。
この時代当たり前の政略結婚だが、自他共に認める愛妻家で、長い船旅になる時は必ず妻を連れて行く。


家長夫妻不在の家を守る総士との連携役が忠臣になる。
忠臣は絶大な信頼を得ている為、総士の父が長期不在の間は日本に残り、家長代行の役割も担っているのだ。


その忠臣が、総士と琴の結婚に至る『馴れ初め』をどのように報告したのだろう。
少なくとも『パレード中に斬りかかってきた曲者』という事実は伝わっていないようだ。


出張から戻った両親と夕食の席で向かい合うと、彼らはなんの相談もなく結婚を決めた総士には呆れ顔だったが、琴には友好的だった。


初めての顔合わせとなった夕食は、三週先の吉日に決まった祝言での、琴の婚礼衣装の話題も出るなど、想像以上に和やかなものとなった。


忠臣の言葉を借りれば、『腐っても子爵令嬢』。
琴には持って生まれた気品がある。
西洋のマナーには慣れず苦戦していたが、それも愛嬌。
夕食の席を立った彼らは、総士の新妻を気に入った様子で、上機嫌だった。
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