今宵、エリート将校とかりそめの契りを
その夜、寝室に下がると、琴が遠慮がちに口を開いた。


「総士さん。先ほど奥様……いえ、お義母様のお話にあった結婚式の衣装のことで、お願いがあるのですが」


夜着を纏いベッドに足を伸ばして座り、その上に軍の指南書を開いていた総士は、横に立った琴を見上げた。


「なんだ?」


指南書をパタンと閉じながら、聞き返す。


「女学校の友人の家が、呉服商を営んでいます。彼女の家にお願いできないでしょうか」

「呉服商?」

「上木と言います。上木佐和子」

「上木。……浅草の老舗か」


端から取り合ってもらえないと思っているのか、琴はどこか緊張した面持ちだ。
呉服商の名を自分の口で繰り返して応答しながら、総士はその表情を窺った。


「いいんじゃないか? それなら早速、忠臣に言って上木の主人に……」

「い、いえ! あの、佐和ちゃんに……友人に、連絡をとってはいけませんか?」

「え?」


提案を遮る琴に虚を衝かれて、総士は面食らって聞き返した。
無意識に眉間に皺を刻んだせいか、琴が立ち尽くしたまま、ギクッと怯んだのがわかる。
それを見て総士は、「すまない」と謝った。


そう言えば……と、女学校の友人が琴に会いに来ていたと、忠臣から聞いたことを思い出す。
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