今宵、エリート将校とかりそめの契りを
(琴に近い人間が、彼女を騙し利用した。その狙いが琴自身か俺か、まだわからない。女であろうと、油断はできない……)


琴の言う友人だけではない。
その家族という可能性もある。


琴が自ら会いたいと言う人間だからこそ、簡単に許すわけにはいかない。
しかし、名取の屋敷に呼びつければ、不穏な動きも監視させることが可能。
それが総士にできる最大の譲歩だ。


(迂闊に外には出せない)


総士は顔を伏せ、かぶりを振った。
迷いを切り捨て、溜め息をつく。


「悪いが、一人では出せない」


総士の決断は琴の身を案じたものだが、彼女にとっては非情なものとなった。
琴はわかりやすくしゅんと肩を落とす。
雨ざらしの捨て犬のように打ちひしがれた様子だったから、総士はとても正視していられず、そっと目を逸らした。


「……琴。どうしてもと言うなら、俺が連れていく。次の非番まで……」

「わかりました。結婚式に間に合わなくなるといけませんから、お屋敷に呼んでください」

「……ああ。明日にでも早速言っておく」

「ありがとうございます」


先ほど女学校の話をしていた時に比べて、その声は明らかに消沈していた。
それでも謝辞を述べられ、総士の胸はズキッと痛む。


「こ……」


呼びかけようとして彼女を見上げ、総士は結局声を消え入らせた。
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