今宵、エリート将校とかりそめの契りを
庭にはサロンから直接出ることができる。
琴と佐和子は、反物の片付けを女主人に任せて、音を立てぬように外に出た。
なるべく屋敷の正面を避け、庭を回り込むようにして門扉に向かう。


柵に背を預け、門柱の陰に隠れるようにして、洋装の男が佇んでいた。
二人の足音に気付いたのか、ハッとしたようにこちらを振り向く。


「琴っ!」


太い眉に少し釣り上がり気味の目尻、短髪のすっきりした顔立ちの男が、辺りを憚りながら名を呼ぶのを、琴は唇の動きで読んだ。


「正一さん!」


琴も膝丈のスカートの裾を翻し、彼の元に急ぐ。


「よかった、無事か……!」


十日前、ここで会った佐和子と同じ言葉を口にして、正一が苦しげに顔を歪める。
彼の目の前まで走った琴は、その勢いを殺すかのように、柵を両手で掴んだ。
カシャンと小さな音が庭に響く。


「私は大丈夫です。それより、正一さん……」


答える琴は、少し息を弾ませている。
後から追いついた佐和子も、肩を上下させていた。


「お前が名取中尉に捕まることになるなんて、思ってなかったんだ。しかも、こんな……囚われるような結婚なんて。畜生……!」


正一は悔しげに奥歯をギリッと鳴らして、柵を握る手が蒼白になるほど力を込めた。
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