今宵、エリート将校とかりそめの契りを
そんな自分にさらに戸惑い、琴も総士の方を向けないまま、背中合わせの夜を重ねていた。


「……琴っ。しっかりして。言いたくないけど、あなた絆されてるだけよ!」


曖昧な同意を示したっきり、瞳を揺らして黙りこくった琴に焦れたように、佐和子が彼女の肩を掴んだ。
そのまま大きく揺さぶられ、琴の首がガクガクと前後に揺れる。


「さ、佐和ちゃ……」

「お願いだから、ここは兄様に任せて。も、もし……琴が名取中尉の子を身ごもったとしても、兄様もうちの家族もそんなの気にしないし、琴を迎える用意はあるんだよ?」

「っ……」


佐和子が歯切れ悪く言った言葉を耳にして、琴はわずかに声に詰まった。
彼女が頬を赤く染め目を逸らすのを見て、佐和子は顔を歪める。


「だ、大丈夫よ。中尉とは離縁すればいい。だから琴、うちで一緒に暮らそう?」


佐和子は泣きそうな顔で琴を揺さぶり、訴えかける。
しかし佐和子が必死に言えば言うだけ、琴は顔を俯かせてしまう。


「琴、佐和子の言う通りだ。俺は……お前が嫁に来てくれるだけで、そんなこと気にしないから!」


すっかり顔を伏せてしまった琴に、今度は正一が焦れた。
門に阻まれていることも気にせず、身体ごと体当たりするようにして、琴に畳みかけてくる。
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