きみに初恋メランコリー

・崩壊と涙

──ポーン。

ひとりきりの室内に、ピアノの音が響く。

白い鍵盤からそっと人差し指を離して、わたしはため息を吐いた。


……だめだ。こんな、暗い顔してちゃだめだ。

もうすぐここに、奏佑先輩が来るんだから……笑わなきゃ。


……笑って、言わなきゃ。



と、そこで出入口のドアが、音をたてて開く。

廊下から顔を覗かせた人物を見て、思わずつぶやきが漏れた。



「……奏佑先輩」



ドアを閉めた先輩は小さく笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてくる。



「……ごめんね、遅くなって。来る途中、サッカー部の奴に捕まってさ」

「いえ。大丈夫です」



そう言って首を振るわたしと話しながら、先輩は、至っていつも通りの態度に思えた。

いつも通り、やさしくて。

いつも通り、穏やかで。


……だけど。
< 187 / 234 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop