きみに初恋メランコリー

・恋を知った日



誰かが、恋の歌をうたう。

甘くて楽しくて切なくて苦しい。そんな言葉で、鮮やかにいろどられた歌。

わたしはまだ、恋を知らない。



「ねぇ、この曲かけたの誰ー?」

「このジュースうまいよー、飲んでみなって!」

「最近好きなのはぁ、弟が持ってる少年漫画で~」



さまざまな人の声、心臓に直接響くような音楽が、狭い部屋の中に溢れている。

なんだかその喧騒に押し潰されてしまいそうで、やっぱり来るんじゃなかったかな、と思いながら、わたしはこっそりため息をついた。



「かーのんちゃん、楽しんでる?」



どっかりわたしの隣に腰を下ろした男の子が、高いテンションでそう話し掛けてくる。

えっと、なんていったっけ、この茶髪の人の名前……。

彼の香水の香りまでも届く距離に、自然と体がこわばった。



「え、と……」

「あーほら、グラス空いてんじゃん。なんか飲み物頼むー?」



言いながらその人は座ったまま腕を伸ばし、わたしの右上にあるインターホンを手に取ろうとした。

目の前をよぎる、男の子の腕。声。におい。

言いようのない恐怖心が、体の中に満ちる。



「ッわたし、ちょっとお手洗いに行ってきます……っ」

「え、ちょ……っ」



とうとう堪えきれなくなって、勢いよく席を立った。

突然のわたしの行動に、後ろから戸惑ったような声が聞こえたけど。振り返ることなくドアを開けて、廊下に飛び出す。
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