きみに初恋メランコリー
そこが開かないこと覚悟で、スライド式のそのドアに手をかけてみる。

すると予想外に、ドアはカラカラと軽い音をたてて俺を招き入れた。



「………」



迷うことなく室内に足を踏み入れ、静かにドアを閉める。

ゆっくりと、俺は部屋の奥へ足を進めた。



「………ピカピカだなぁ、おまえ」



この飾り気のない室内でひときわ存在感を放つ黒いピアノを、独り言を漏らしながら撫でた。

黒々と輝くそれは、花音ちゃんの細やかな日頃の手入れがあるからこそ保たれていることを、俺は知っている。



『ソウスケ、せんぱい……?』



この場所で、俺たちは再び出会った。



『……先輩は、すごいです』



この場所で、心を通わせて。



『……ごめん。さよなら』



そしてこの場所で、俺たちは別れた。


彼女と俺の時間は、ほとんど、この場所とこのピアノと一緒にある。



「……馬鹿だよなあ、俺」



自嘲的な笑みを浮かべながら、ピアノに触れていた手を、ぎゅっと握りしめた。

自分の気持ちに気づくのが遅すぎた俺は、もう、この場所に来る資格なんて、ないのかもしれない。

……けど、これが、最後だから。

最後くらい、彼女との思い出に、浸らせてほしい。
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