やく束は守もります
* 小学二年 雪どけ
2組の転校生が、来る。
男子の間で、恐怖のような噂が伝播していっても、香月はふたたび無関心を貫いていた。
1組で一番強い子を負かした彼は、3組で一番強い大紀に対戦の申し込みをしてきたらしい。
「勝った方が昼休みのドッジボールの場所を全部使ってもいい」という条件付きで。
気温が徐々に上がってきた三月。
雪どけがすすんで、校庭はいつもどろどろ。
雪遊びもできず、普通に使用することもできない生徒たちは、体育館の使用場所を争うか、クラス内で将棋やトランプをするしかなかった。
エネルギーを持て余していた少年たちにとって、それは願ってもないチャンスだったのだ。
「だったら香月がやればいいよ。だって香月の方が強いんだから」
ドッジボールの場所欲しさに、誰かがそう言い出した。
戸惑う香月や、唇を噛む大紀の気持ちをくみ取れる子などいない。
「絶対勝てよ!」
「男爵に負けたら3組の恥だ!」
本人の了承を得ることなく10分休みに組まれた対局は、もはや2組と3組の威信をかけたものになっていた。
「『男爵』って?」
聞き慣れない言葉に香月が首をかしげると、陽介が何かにおびえるように声をひそめて教えてくれた。
「2組の転校生。そういうあだ名なんだって」
〈男爵〉などという立派なあだ名で呼ばれ、東京から来た将棋の強い転校生。
きっと洗練された容姿をしていて、庶民を見下すような尊大な人間に違いない。