やく束は守もります

にわかに緊張した香月の前に、彼は散歩でもするような暢気さで現れた。
そして、

「あれ?カズキって女なの?」

とやわらかく高い声で言ったのだ。
それはバカにしたわけでも、落胆したわけでもなく、純粋な驚きの声。
驚きはしたものの、すぐに「じゃあカズキ、将棋しようよ」とふわっと笑って、香月の返答も待たずに「女の子とやるのって初めてだなー」と前の席のイスをくるりと反対に向けた。

「なんで『男爵』なの?」

目の前の男の子があまりに自然体だったので、本来人見知りの激しい香月も、臆せず話しかけることができた。

がっしりと堅そうな身体つきで、パンパンに張ったほっぺたが赤く色づいている少年には、お世辞にも貴族的な雰囲気はない。
東京からやってきた、というだけで都会的なイメージを持っていた香月は、少しがっかりしたほどだ。

落ち着いていた『男爵』が、その質問には不服そうに口を尖らせた。

「前の学校でじゃがいもの水栽培の授業があって、それで誰かが、そのじゃがいもがおれに似てるって言い出したんだ」

「あ、じゃがいもの『男爵』?」

「そう。単純だろ?」

「でも前の学校のあだ名なんだよね?」

「自己紹介で言ったら、こっちでも呼ばれるようになった」

「言わなきゃよかったのに」

「うん。バカだよな」

他人事のようにのんびりした声で『男爵』は言って、早速将棋盤に駒をザラザラと出した。
向き合って、お互い動きが止まってしまう。

「王将、使ってもいいよ」

『男爵』は人差し指で王将を香月の方に押しやった。

「わたしは玉将でいい」

同じように人差し指で、香月は王将を戻す。

将棋は上位の者が先に〈王将〉を取り、そこから交互に並べていくのだけれど、どちらが強いのかわからない。
そしてどちらも王将を取らなかった。
仕方なく『男爵』は今度、玉将を香月の方に滑らせてきた。

「おれ、もう一個持ってくる」

そう言って、遠巻きに見ていた大紀に近づいて「その玉将ちょっと貸して」と頼み、手に入れた玉将を掲げて自慢気に笑った。

「おれはこっち」


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