やく束は守もります
しかし、楽しめていたのは最初だけ。
歩いても歩いても進んでいる気がしない長い国道は、果てのない世界に迷い込んだように香月をよるべない気持ちにさせた。
車の通りも、通り過ぎて行く人もたくさんいるのに、誰ひとり頼れる人がいない。
困ったらお店に入ってタクシーを呼んでもらう、という祖母との約束も、不安に駆られて自信を失っていた香月には守れそうもなかった。
また一台、自転車が横を通り過ぎていく。
俯いていた香月には、そのタイヤの一部が視界の端に見えただけだった。
キイイ、とプレーキの音がして、その自転車がすぐ近くで止まる。
不思議に思って顔を上げると、自転車にはガチッとした体型の少年が乗っていて、振り返る体勢で香月を見ていた。
「カズキ?」
「あ」
「こんなところで何してるの?」
『男爵』とはあの対局以来話したことはないのに、当たり前のように話しかけてきた。
「おばあちゃんの家から帰るところ。・・・男爵は?」
少し迷ったけれど、香月は『男爵』と呼びかけた。
去年までは幼稚園の名残で、みんな名前で呼んでいたけれど、今年からは名字で呼び合っている。
梨田は『男爵』や『梨田』と呼ばれ、香月も『杉江』と呼ばれている。
梨田が『カズキ』と呼ぶので躊躇ったのだが、『史彦』と呼ぶのはなんだか恥ずかしかった。
梨田は特別そのことには反応しなかった。
恐らく『史彦』と呼んでも同じだっただろう。
「おれは・・・・・・」
気まずそうに目を逸らす様子を見て、香月は梨田が今来た道を振り返った。
そこをずっと行くと、池西将棋道場がある。
県内でもアマチュア強豪だった池西先生が、趣味で始めたような小さな道場で、数人の小学生と、常連さんが通っているところだ。
竜也に連れられて、香月も何度か行ってみたことがある。
見えないはずの将棋道場を見つめる仕草で、梨田の方もバレてしまったことに気づいた。
「ああ、うん。そう」
曖昧ながら肯定の返事をする。
「学区の外にひとりで出ちゃいけないんだよ」
「カズキだって」
「私はおばあちゃんの家だもん。保護者が一緒だもん」
「今はひとりじゃないか」
「今は・・・男爵とふたりだもん」
「おれはカズキの保護者じゃないよ」
梨田は自転車を降りて香月の隣に並んだ。