やく束は守もります
◇
この人は私の話を聞いてくれない。
それがグランドホテルのブライダル部門チーフ小木に対する、香月の第一印象だった。
休みを合わせるようにして、香月は英人と何件も式場を回った。
雰囲気はいいけれど、交通の便が悪い、とか。
安くて豪華ではあるけれど、融通が利かない、とか。
どこもかしこも一長一短。
何を大事にして、何を妥協するのか、それを英人とすり合わせる作業が続いていた。
親戚が泊まるからホテルで式を挙げて同じホテルに部屋を取ってほしい、というのが、英人の両親からの条件で、香月もそれに異存はなかった。
だから親身になってくれるプランナーさんのいる、アットホームなホテルを提案した。
しかし、英人の両親によって「正面玄関が大きな通りに面していない」と却下されてしまったのだ。
ホテルの構えなどという見栄が、何より大事なのだろうか。
そう思っても、これから嫁ぐ先の両親に対して異を唱えることは難しい。
「私はどこでもいいから」
本心としては、もうどこでもいい、と投げ出した香月に代わって英人が決めたのは、豪華だけどどこかゴミゴミした雰囲気のグランドホテルだったのだ。
「ケーキ入刀ってしないといけませんか?」
披露宴は決定したもののように、見本の式次第を次々と説明されて、香月は息苦しさを覚えた。
それは質問というよりも、このまま流されてはいけない、とようやく口を挟んだささやかな抵抗だった。
「やらなくても構いませんよ。では、代わりに何をなさいますか?」
「え・・・・・・」
笑顔のままながら有無を言わさぬ雰囲気で、小木は香月を問い詰めた。
口元だけに笑みを浮かべて、スーツの皺ひとつ動かさずに、香月が発言するのを待っている。
「何か、しなくてはいけませんか?」
お腹の底に怒りを押し込めて、なるべく平坦な声で答えた。
「はははは。困りましたね」
「花嫁さまの担当は私ですので、何でもおっしゃってくださいね」と挨拶した女性プランナーは、そんな小木の隣でただ微笑んでいた。
本当は、披露宴会場も嫌だった。
大きなホテルの大きなホールは、予定している招待客に対して広すぎる。
「それは問題ありません。仕切をたてて区切ることもできますから」
小木は自信たっぷりでそう言い切ったけれど、それはつまり、薄い衝立一枚隔てた向こう側で、別の披露宴をするということだ。
防音設備などないのだから、お互いのざわめきや音楽、場合によってはスピーチ内容まで筒抜けになってしまうに違いない。
あれも嫌、これも嫌。
けれど、両親の出した条件だけは完璧に揃っている。