やく束は守もります

「これからどうするの?」

これでは家出だろうと誘拐だろうと変わらない。
誘拐と言ったのだから、何かそれらしいことをしなければならない。

「カズキのお母さんは何時に帰ってくるの?」

「5時過ぎ、かな」

「じゃあその頃に電話して要求を伝える。それまでは電源切っておくよ。GPS使われたくないから」

電源を切ってしまったため、時間もわからないまま、香月も梨田も黙っていた。
いつもなら他愛ない会話がずっと続いていたのに、初めて沈黙が続いている。

「寒いね」

やっと口を開いた香月がそう言うから、梨田は困ってしまう。

「でも、雪は降ってないから大丈夫。風もほとんどないし」

昼間はとても気持ちのいい晴天だった。
雪雲は彼方の底に沈み、クリームを溶かしたようなやわらかな青空が、街全体に広がっていた。
雪に照り映える世界は明るく、太陽の光が、通り過ぎる車のフロントガラスにキラリキラリと反射する、陽気な一日だった。

今はほとんど闇に呑まれて、山の稜線にたゆたう明かりは、ぼんやりとにごっていた。
それでも真上の空は雲ひとつない晴天で、いつもより澄んだ空気が星明かりを一層輝かせている。

空を見上げた香月が、にっこりと笑う。

「本当だ。こんなに天気だと、屋根いらないね」


電車が何本か通り過ぎた頃、山々の間に残っていた最後の残り火が、夜に吸い込まれた。
それから更にしばらく待って、ようやく携帯の電源を入れる。
6時3分という時刻を確認したところで、梨田は香月に電話を渡した。

「カズキの家の番号入れて」

「お母さんの携帯しかない」

「それでいい」

香月は暗記している番号を入れて、そのまま梨田に返した。
素早く何度か呼吸して、通話ボタンを押す。
< 34 / 82 >

この作品をシェア

pagetop