やく束は守もります
「これからどうするの?」
これでは家出だろうと誘拐だろうと変わらない。
誘拐と言ったのだから、何かそれらしいことをしなければならない。
「カズキのお母さんは何時に帰ってくるの?」
「5時過ぎ、かな」
「じゃあその頃に電話して要求を伝える。それまでは電源切っておくよ。GPS使われたくないから」
電源を切ってしまったため、時間もわからないまま、香月も梨田も黙っていた。
いつもなら他愛ない会話がずっと続いていたのに、初めて沈黙が続いている。
「寒いね」
やっと口を開いた香月がそう言うから、梨田は困ってしまう。
「でも、雪は降ってないから大丈夫。風もほとんどないし」
昼間はとても気持ちのいい晴天だった。
雪雲は彼方の底に沈み、クリームを溶かしたようなやわらかな青空が、街全体に広がっていた。
雪に照り映える世界は明るく、太陽の光が、通り過ぎる車のフロントガラスにキラリキラリと反射する、陽気な一日だった。
今はほとんど闇に呑まれて、山の稜線にたゆたう明かりは、ぼんやりとにごっていた。
それでも真上の空は雲ひとつない晴天で、いつもより澄んだ空気が星明かりを一層輝かせている。
空を見上げた香月が、にっこりと笑う。
「本当だ。こんなに天気だと、屋根いらないね」
電車が何本か通り過ぎた頃、山々の間に残っていた最後の残り火が、夜に吸い込まれた。
それから更にしばらく待って、ようやく携帯の電源を入れる。
6時3分という時刻を確認したところで、梨田は香月に電話を渡した。
「カズキの家の番号入れて」
「お母さんの携帯しかない」
「それでいい」
香月は暗記している番号を入れて、そのまま梨田に返した。
素早く何度か呼吸して、通話ボタンを押す。