やく束は守もります
プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル━━━━━
「出ない」
しばらく鳴らしていても香月の母親は出ない。
もしかしたら知らない番号は警戒しているのかもしれない。
そう思って一度切ろうとした瞬間。
『・・・・・・もしもし?』
あきらかに不審そうな問いかけが、電話の向こうから聞こえた。
切るところだったから油断して、かける前に考えたはずの脅迫文も、すべて真っ白に飛び去ってしまった。
「あ、あの!杉江香月さんのお母さんですか?」
『香月を知ってるんですか!?』
飛び付くような反応で、相当心配していたのだとわかった。
「えっと、おれ、梨田史彦と言います」
『梨田・・・君?』
犯人自ら名乗ってしまったことにも気づかず、梨田は必死に言葉をかき集める。
「香月さんを誘拐しました。それで、返してほしいなら、香月さんを奨励会に入れてあげてください!お願いします!カズキなら、絶対、絶対、棋士になれると思うんです!だからお願いします!」
見えない母親に頭を下げながら必死に伝えた。
香月がどれほど将棋が強いのか、どれほど将棋が好きなのか、自分がそれをどれほど尊敬しているのか、言いたいことは身体の中を渦巻いているけれど、口に出すと吐息とともに消えてしまう。
伝わらないもどかしさに、自分が情けなくなって涙が出そうだった。
『今、どこにいるの?』
冷静さを取り戻した香月の母親の問いかけに、うっかり答えそうになったけれど、そこはこらえる。
「言えません」
『もう遅い時間よ?お家の人も心配してると思う』
「いいんです。約束してくれるまで返しません」
母親の沈黙が続き、梨田が次の言葉を待っていると、電話を持つ腕を香月が引いた。
見ると、電話を切るように手振りで示してくる。
相手の反応を待つ必要はなかったのだとようやく気づいて、梨田は耳から電話を離した。
そして思い出してもう一度話しかける。
「あの、もしおれの親に連絡するなら『絶対に転校はしない』って伝えてください。じゃあ、さよなら!」
今度は相手が何か言う前に電源ごと通話を切った。
緊張で固くなっていた身体が、深い溜息とともにほどける。