やく束は守もります
「・・・将棋、しようか」
香月の返答を待たず、背負っていた青いリュックからゴソゴソと盤と駒を取り出した。
車庫の隙間は陰になっていて暗いので、保健所前にある街灯の真下までダンボール箱を持っていき、その上に盤と駒を広げた。
それを見て、香月は笑う。
「あのとき、『もう将棋はしない』って言ってたくせにね」
梨田の盤は蝶番が壊れて割れ、ガムテープで止められていた。
香月に負けたのが悔しくて、その場で叩き割ったのだ。
「将棋やめられなかったね」
あっさり誓いを破った梨田に、香月はやわらかな声を投げかける。
「家に帰るまではやらなかったよ」
「盤が割れてたからでしょう?」
「その後も、何日か学校ではやらなかった」
「家では?」
「・・・やってた」
仏頂面のまま梨田は玉将を香月の方に滑らせる。
そしてリュックのポケットからもう一つ玉将を取り出して、自分の前に並べた。
カチッ、カチッ、
一面に広がるしじまの中に、不器用な駒音だけが響く。
手袋をつけたままではうまく掴めず、いつもより時間をかけて並べ終わると、どちらからともなく顔を見合わせた。
「カズキの振り歩先でいいよ。今のところ、負けてるのはおれだから」
先手か後手かは、時に勝敗を左右する。
それを決めるのが振り駒で、歩を5枚手の中で振り、〈歩〉の数が多いと〈振り歩先〉が先手、〈と金〉の数が多ければもう片方が先手となる。
駒を振るのは〈振り歩先〉で、それは通常上位の者だった。
少しだけ梨田の表情を伺ってから、香月はそっと手袋をはずした。
街灯と雪の中で、人形のように青白い手に駒を乗せる。
カシャカシャという音が小さな手の中から漏れ、手を開いて落ちた駒は〈歩〉が4枚。