やく束は守もります
玄関のチャイムが鳴って、時計を確認する。
約束の11時より2分だけ遅い、完璧に予定通りの時刻。
「遅くなって申し訳ありません」
迎えた薫に謝罪する英人の声を聞きながら、香月も玄関に出た。
「どうぞ」
笑顔を向けると、英人もほっとした顔をする。
しかし、「お邪魔いたします」と、アサガオの鉢を避ける足取りには緊張が見て取れた。
リビングではシャツにデニム姿の竜也が、妙に背筋を伸ばした体勢でソファーに座っていた。
英人の姿を見るとぎこちなく立ち上がり、そのままギギギと錆び付いたバネのように頭を下げる。
「おはようございます。今日はわざわざありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。お時間を取っていただきありがとうございます」
戸惑いながら挨拶を交わした英人を、香月は隣の仏間に案内する。
目を閉じる英人の隣で、香月は立ち上る線香の煙を追うように顔を上げた。
やっと安心してもらえる。
重い左手と溜息に彩られているものの、この瞬間はとても誇らしい気持ちで満たされていた。
ふたりが両親に挨拶をする間に、薫はせっせとお茶を淹れ「さあさあ、お寿司が届く前にやることやっちゃいましょう」と面倒事のように促す。
兄夫婦を前にひとつ深呼吸した英人は、しかし淀みなく話し出した。
「香月さんとは友人を通して知り合い、二年ほど前からお付き合いさせていただいてます。当初から結婚は視野に入れておりましたが、異動なども重なってしまい、落ち着いたタイミングで、と思っているうちに今になってしまいました。香月さんはいつも笑顔でやさしく、私にとってはとても安らげる存在です。今後とも支え合い、ふたりで明るく幸せな家庭を築けたら、と思います。私のことを頼りなくお感じになるところもあると思いますが、一生懸命頑張りますので、どうか香月さんとの結婚を認めていただけないでしょうか?」