やく束は守もります
サクサクと雪を踏みしめる音が響く。
香月が顔を上げて驚きと恐怖を浮かべた瞬間、梨田の脳天に激痛が走った。
「いっっっっっってえーーー!!!!」
首が埋まるほど強く殴られ、涙目で振り返った梨田を見下ろしていたのは、梨田の父だった。
「史彦!!こんな時間までよそのお嬢さん連れ回して、何考えてるんだ!」
更に2発ほど頭と顔を殴られ、目からはとうとう涙がこぼれたけれど、それはあくまで痛みに対するもの。
梨田の気持ちは全然折れていなかった。
「なんでここ・・・」
妹の告げ口に気づける余裕もなく、殴られた場所をさする。
「お前の行くところなんて、そうそうあるわけない。━━━━━香月ちゃん、大丈夫?」
急に口調を変えて父親は香月の顔を覗き込む。
驚いたままの香月は、ただこくこくと頷くだけ。
「杉江さん、本当に申し訳ありませんでした」
父親が頭を下げた先には、困ったような顔で佇む女性と若い男性がいた。
「・・・お母さん。竜也兄さん」
呼びかけるというよりも独り言に近いつぶやきを発して、香月は下を向いてしまう。
座り込んでいた梨田は急いで立ち上がり、パンツやウェアについた雪を払うことすらせずに、香月と母親の間に入り込んだ。
「おばさん!お願いします。カズキを奨励会に入れてください!お願いします!」
梨田の必死な声にも、香月の母親は反応しなかった。
疲れ切ったその顔からは、何の感情も読みとれない。
ただ、立ちふさがる梨田の肩に、かさかさに荒れた手をやさしく乗せた。
「梨田君、香月のために、どうもありがとう」
梨田の反応を待つことなく、今度は香月の正面にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「香月」
決然とした声で呼ばれ、香月は顔を上げる。
「奨励会に、入りたい?」