やく束は守もります
それでも会話が弾んだせいか、実は昔から甘いものが苦手だと、うっかり梨田は漏らし、すぐに取り繕う言葉を探した。
「食べられないわけじゃないんだけどね」
「でも食べたくはないんでしょう?」
「いや、たまになら・・・」
「〈毎週〉は『たまに』とは言わないよ」
言葉に詰まってすする梨田のアイスカフェラテは当然無糖。
意地悪はこのくらいにしようと、香月は種明かしをする。
「ごめん。本当は知ってた」
「どうして?」
「棋士のSNSで、そう言ってた人がいたの。甘いの嫌いなのに、私に奢るためにチョコレートアイス買ってくれてたんだね。ありがとう」
梨田はまた別の居心地の悪さを感じたようで、「あー」「うー」と口ごもる。
「実は私もチョコレート苦手なんだ。バニラアイスも」
「え!」
「甘いのは嫌いじゃないけど、あんことか黒蜜の方が好き。あ、肉まんは大好きだよ」
面白くないようで、梨田は子どもっぽくストローを噛んだ。
「・・・言ってよ」
「言えなかったよ」
何が変わっても、根底にあるものは何も変わっていない。
梨田は昔から、とてもやさしい。
何でもないようにして、いつの間にかたくさんの気遣いをする人だ。
香月の母親が他界した、と聞いたときも、梨田はしばらく何も言わなかった。
そして一言「間に合わなかったな」と唇を噛み締めた。
必ず帰りは送ってくれるのに、あの日以来、梨田が香月の部屋に上がることはなかった。
香月は梨田がどこに泊まっているのか知らないし、帰りの新幹線の時間も「大丈夫」というばかり。
「じゃあ、またね」
アパートの階段下で別れるとき、梨田はいつものように笑顔で言う。
だけど香月の方は、傘を閉じる作業で誤魔化し、曖昧な微笑みを返すだけ。
梨田との約束は、些細なものでさえ重いのだ。
玄関は狭いので、傘はいつもシューズラックに引っ掛ける。
ラベンダー色の傘から落ちる滴が、濃い染みを広げている。
乾く間もなく明日も雨だ。
次の約束をすることもできず、言うべきもっと別のことも言えず、ただ季節だけが移ろっていた。