やく束は守もります
順位戦とは、簡単に言うと名人への挑戦権を争うものだ。
しかし、実際に挑戦の可能性があるのはA級に在籍する10人だけで、B級1組、2組、C級1組、2組に在籍する残りの約120人は、上の組への昇級や下の組への降級を一年かけて争う。
どこの組に属しているかは、段位や他棋戦にも影響するため、最も神経を使う棋戦と言っていい。
順位戦に今年度から参加している梨田は一番下位のC級2組にいて、約50名の棋士の中で10局戦い、上位3名に入らなければ昇級できない。
同じ勝ち星ならば前年度の順位(成績)上位者が昇級するのだが、初参加の梨田は一番下位だ。
つまり、10戦全勝に近い成績でなければ昇級できない。
梨田はすでに1敗しており、もう後がない状態だった。
6月から3月までと、期間も長く、一局の時間も長い順位戦だけど、その間一戦も落とせない緊張感が続くから、その消耗は激しい。
順位戦の内容は棋譜速報で開示されているけれど、ほとんどの場合中継はない。
しかしこの日は人気棋士の手合いがあったため、その対局に中継が入っていた。
特に予定のない休みは、なんとなく中継をつけるのが癖になってしまい、その日も香月は意味もなくパソコンの電源を入れた。
人気であるだけによく見る浅井四段は、見た目の良さだけでなく四段昇段早々新人王戦優勝という実績も備えたエリート。
彼の進む道は、きっと輝かしいものになるだろう。
あまりの違いに羨む気持ちも起こらず、本を読む片手間にチラチラ見ていると、前屈みで盤面を覗き込んでいた浅井四段がふっと身体を起こした。
その瞬間、対局室の奥までがカメラに映る。
浅井四段の向こう、記録係のさらに奥で対局していたのは梨田だった。
正座した膝に手をつき、前屈みになって盤面を睨んでいる。
本を投げ出してすがりつくようにディスプレイを見るけれど、浅井四段がまた身体を屈んだせいで、梨田の姿は隠れてしまった。
棋譜速報ではまだ序盤の駒組の段階。
中継されている将棋の方も大きな戦いは起こらないまま、昼食休憩に入った。